ROUTE22
V8ポルシェ、無双なり。
2025.03.04

(撮影:安井宏充)
日曜の朝にボケっと東京マラソンのテレビ中継を眺めていたらタイカンや新型マカンが大会車両(ランナー先導車や審判長車用に2024年からポルシェ ジャパンが提供)としてちょこちょこと画面に映し出されていた。そうだよね、なんだかんだと言っても時代は電気、BEVだよね。クールでクリーンな未来像はデジタルエイジなBEVで描き出す。しかもそれをポルシェで、ってところが“トーキョー”らしくって素敵じゃないの。さすが百合子、わかってるねえ…とかなんとか独り言ちりながらも、自然とボクの記憶の中に蘇ってきたのは、昨年末にかなりの時間をかけて堪能させてもらったカイエンGTSクーペ(以下、カイエンGTS)の、その“無双”に過ぎるクルマとしての極上なフィールだった。

カイエンGTSは今やすっかり絶滅危惧種となりつつある純内燃機関のV型8気筒ツインターボエンジンを搭載したスーパーSUVである。それはBEVとは対極の位置にある、クルマ好き(より正確に記せばアナログなクルマ好き)にとっての最後の聖域。
カイエンGTSに搭載されるポルシェ謹製(←コレ重要)のV8エンジンは排気量が4ℓでパワーは500ps。トルクは660Nmある。カタログ数値の最高速は275km/hで0→100km/h加速は4.4 秒。あくまで想像の範疇だけれど真夜中のガラ空きの高速道路(例えば新東名とか新名神辺り)でアクセルを踏み抜けば“コトもなく、かつ至極快適”にそれを実証・体感できることだろう。アウトバーンの国で生まれた、いやより正しく言えばポルシェが本気で作ったSUVである。スペック云々で判断するよりも実際に乗ってみればその凄みは一発で理解できるし圧倒もされる。
事実、ボクは昨年11月の「MHヒルクライム/真庭速祭」のオフィシャルカーとしてカイエンGTSを借り出して、東京〜岡山・真庭間を往復(トータル2000km超)してみてすっかりとこのクルマの虜になってしまった。2.2トンもある腰高の巨体ながらも見事にスポーツカー的で、かつ極めて優秀なGTカーでもあって、さらには流してみても抜群に懐が深くて何よりすべてが心地よくって、こうなるともうロングの旅路に出かけるならボクは新幹線でもなく911(タイプ992)でもなく、間違いなくこのカイエンGTSを選ぶ。だってそれくらい、他とは比べられない“無双の味わい”があるのだもの。しかもかなり濃厚な。
無双という意味では確かにBEVのタイカンもヴァイザッハパッケージの「ターボGT」なら最高速305km/hを誇っているし、0→100km/h加速に至っては2.2秒ともはや冗談を通り越した狂気の領域(ローンチコントロール時のオーバーブースト出力は1034ps、トルクは1240Nm)にある。実際、新世代のタイカン・ターボSにPECで乗らせてもらったときは車重が2.3トンあるとは思えないその驚異的なハンドリング性能(とブレーキのタッチの素晴らしさ)に舌を巻いたほどだし、ローンチコントロールで喰った強烈な加速G(ターボSは0→100km/h加速2.4秒)には「このまま飛ぶ気かよ…」と本気で呆れもした。

ただ、それでもそこに生っぽさ、言わばよりダイレクトな人とクルマとの繋がりを感じるかと問われれば、純内燃機関のV8エンジンを積んだカイエンGTSの方が断然上、とボクは即答する。タイカン・ターボSは実際とてもよく仕上がっていてBEVとしては間違いなく“クルマっぽい=操る楽しさがある”のだけれど、それでもどこか新幹線に乗っているような独特の“浮遊感”だけは拭い去れていなかった。

無論、カイエンGTSだって前時代的なアナログ番長ではなく、その中身はかなりのデジタルスペックである。例えばPASMの中身は伸びと縮みを別々に連続制御する“2バルブテクノロジー”と呼ばれる可変ダンパーが採用され、エアサスペンションも従来の3チャンバーから2チャンバー式に変更。さらにはPTV Plus(トルクベクタリング)を標準で装備した上でアクティブスタビライザーのPDCCスポーツとリヤアクスルステアリングまでがオプションで備わる。結果として2.2トンの巨体を“思うがまま”に操ることができてしまうし、22インチという大径タイヤ履きながらも本当に魔法のように滑らかかつしなやかで、速度が増せばそれらが渾然一体となって引き締まっていく“極上のアシ捌き”までが享受できてしまう。何よりこうした美点こそが、デジタルエイジ特有のきめ細やかな制御の成せるワザであることは確かだろう。

ともあれ「MHヒルクライム/真庭速祭」の特設コース(安全管理を徹底した道路交通法適用外の峠道)を“ゼンカイ”で駆け上がったときの衝撃はかなりのものだった。もう嘘みたいによく曲がる。対向2車線のコース幅をフルに使ってアップダウンもウネリもある峠道をグイグイ攻め倒してみてもまったく怖くないのが逆に怖い。日本には導入されなくなったよりスーパーな「ターボGT」と共通のフロントアクスルピポットベアリング(ネガティブキャンバー角が他のカイエンモデルより0.58°大きい)と10mmの車高ダウンの効果も相まって、ステアフィールが“まんまスポーツカー”なところには心躍るし、 “アクセルで曲がれる=踏んでも舵が内側に巻き込む”感覚のトルクベクタリングの味付けに至ってはちょっとドキッとするほど攻めているからたまらない。
そして極め付けはエンジンのレスポンスである。もう間違いなくサイコーなのである。ポルシェの本拠地シュツットガルトにあるツッフェンハウゼン工場で製造されるV8ツインターボは、ともあれそのフィールが素晴らしくソリッドで“打てば響く”という表現はこのエンジンのためにあると思えるほどにレスポンシブル。カイエンGTSが2.2トンの巨体である事実など完全に忘却の彼方へと吹っ飛ばせるほどに、まさに右足とエンジンとが直結したかのごとき一体感でドライバーを包み込んでくれる。おまけに音もサイコーで、回せば回すほどに粒がキレイに揃っていくかのような緻密さの奥にV8特有の獰猛さまでが入り混じる硬質で野太い咆哮には、「コレがポルシェのV8だ!」という揺るぎのない芯の強さを感じる。結果、さらに奥へと右足をグッと踏み込みたくなる。いやホント、これは“魔性の名機”と呼ぶべき類のものだ。


タイカン、マカンに続いてカイエンもBEVへと主軸を移すことが確定する中、時代の風当たりが少しだけBEVに対して強くなったことを受けて内燃機関(ハイブリッド含む)の併売もマカン、カイエン共に延長されるというニュースは個人的には朗報である。実際、外紙の報道を拾ってみるとポルシェのV8エンジンは2030年7月に施行予定の「ユーロ7排出ガス規制」にも適合できるようにすでにその取り組みも始まっているらしい。但し、年を追うごとに厳しさを増す騒音規制には抗えず、このポルシェ謹製のV8ツインターボの大きな魅力となる緻密にして獰猛なエンジンサウンドに関しては、残念ながらその美声が失われてしまう公算が高い。BEVも含めて今は“サウンドチューン(合成サウンド)”の技術が高まっているから大丈夫、との声もあるけれどいやはやどうして、内燃機関だからこその芯から溢れ出す熱度に満ちた“生きた音”のボリュームに電子の音が敵うはずなどなく、だからやっぱり今のうちに、思う存分この“無双のポルシェV8”を堪能しておきたい、と思うのである。
ちなみにカイエンGTSの新車価格は1868万円(クーペは1923万円)と世の3000万円超えするスーパーSUVたちの中ではリーズナブルに映らなくもない。いや、このまさに無双なバランス感覚を考えればかなりのコストパフォーマンスに優れている、と言ってよいだろう。あくまでも富裕層の視点を代弁するならば、だけれど…。無論、より一般的な層に属す真っ当な人間としては新車で買えるはずなどなく、ならば5年後くらいに程度のよい中古が出るのを待って出来れば600〜700万円くらいで“一生モノ”として手に出来たらサイコーだよなと夢想する。まあ、そのくらいの価格となると狙うべきはマイナーチェンジでV8が復活した「S」の方がより現実的かも? となれば一度「S」にも乗ってみたい、広報車あるのかしら? あ、いっそのことパナメーラはどうなんだ? お、すでにカタログ落ちしたけれどスポーツツーリズモのGTSなんて狙い目(今はまだ高いけど5年後の話ね)なのでは? と、“無双”のV8ポルシェを我がモノとする“夢想”をしながら、今宵もすっかりと夜は更けていくのでした。
